翻訳コラム by 石川正志
トップページに定期的に連載している「翻訳コラム」を、バックナンバーとしてまとめました。このコラムでは、金融の世界で使われる独特の表現を一つずつ取り上げ、説明いたします。

金融業界では固有の表現や用語が使われており、辞書などをみても、なかなか適切な訳語が見つかりません。証券・運用業界での実務経験、経済新聞の購読、業界紙の読み込みなどを通じて、「この英語はこの日本語を充てるとピッタリくる」という事例を紹介して参ります。
sunk - 下落した/沈んだ

一つの言葉の訳として、何パターンか考えられる場合、「顧客、依頼主はどのような表現を好むか、或いは好まないか」という考え方が、一つ判断基準として大事になります。

例文で考えてみましょう。

Most stock markets declined last month and the Japanese market sunk to a 26-year low.

「先月は主要市場の多くで株価が下落し、特に日経平均株価は26年ぶりの安値水準まで下落した。」

このsunk to の一番妥当な訳は、やはり、この「下落した」ではないかと思います。

いつものことながら、同じsunk to でも、

「~年ぶりの記録的な安値をつけた」
「~年ぶりの安値水準まで下げた」
「~年ぶりの水準に落ち込んだ」

等々、他にもいろいろな言い回しができます。もう一つ、

「日経平均は26年ぶりの安値に沈んだ」

と、sinkの文字通り、「沈んだ」と言うこともできます。私個人的には、この「沈んだ」のように、少し「俗っぽい」というか、「業界っぽい」というか、どことなく「らしい」表現が好きなのですが、それを使って良いかどうかは、慎重に判断しています。

翻訳の依頼主は、それを社内で使う場合もあれば、依頼主の顧客や、お金を出してもらっている投資家に対して使う場合もあります。

その翻訳の使用目的に鑑みて、余りくだけた表現を好まない依頼主もいらっしゃいますし、もっと厳しく、極めて堅い、堅実な表現を要求してこられるお客様もおられます。

上記の例では、「沈んだ」は、金融翻訳としては、やはり、一般的には避けた方が良いでしょう。

表現が「堅い」か「くだけている」かの分かれ目は微妙であり、「くだけて」いても許容範囲内であったり、むしろその「くだけた」表現の方が、味があって、「表現のこなれた」質の高い翻訳と評価される場合もあります。

何か良い事例に出くわしましたら、またご紹介したいと思います。

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